良い仕事をするには自分に厳しくするところから
仕事は一人だけで完結するものは自分の中ではほとんどないと思っています。
仮に個人事業だとしても、誰かのために何かの価値を提供する限りは、その誰かの要求を理解し、アウトプットし、反応を確認するということが必要です。
そして、「良い仕事」をしようと思うと、関係者同士が質の高いアウトプットをする必要があります。先程の例でも、個人事業主である自分がしっかりアウトプットをすることは当然のこと、お客さんから適切なフィードバックをもらうための工夫も必要だし、十分答えてもらうことでまた質の良いアウトプットにつながっていくというものです。
プロジェクトで何か作り上げるときも、自分だけでなく、周囲の人がそれぞれの役割でどれだけ品質の高い仕事ができるかが重要です。
「質の高い仕事」を持続させるためには「自分に厳しくする」ことが近道だと感じます。自分が極限まで考え抜いたアウトプットを常に出し続けていれば、周囲もそのレベルを要求されていると気づくでしょうし、相手に対して厳しく追求することもできます。
逆に自分が「これくらいでいいかな」という仕事をしてしまうと、周辺の人たちもその影響を受けて仕事の質はその程度に揃うでしょう。これは悪い連鎖です。だんだん馴れ合いになっていってしまう。
仕事仲間と仲良くやることは重要ですが、質に妥協はしてはいけません。そこは真剣に勝負するべき。そのスタート地点はいつだって自分だと思うのです。
まずは自分が自分に対して厳しく、常に「このアウトプットで十分なのか」を自問自答しながら仕事をこなすこと、これが良い仕事をする近道であり、プロフェッショナルへの道だと思うのです。
ノーコード開発はじめました
10月から転職し、覚えることも本当に多くてバタバタしていました。
バタバタというかできると思っていた仕事が思うようにできなかったり、想像していたよりも様々なところでギャップがあって、自分のリズムが保てなかった感じです。
本当に余裕がなくて、もともとそんなにブログを書かない方だったのに、さらに全然書かなくなってました。笑
しかし新しい職場での出会いは自分にとって本当にたくさん刺激がありました。
若い人が多い会社である分、活気があってみんな夢と野望に溢れています。私も「やりたい」と思っていたのに、なかなかやらなかったことにチャレンジしようという気持ちがむくむくと湧いてくるようになりました。これだけでも転職をした意味があったと思います。
私はもともと自分でアプリを作ってみたいと思っていて、そのアイデアまであったのですが、コーディングを覚えたりなどはとてもハードルが高く、以前少しスクールで勉強をしたものの、どうしてもそこから先の一歩が踏み出せないままでした。
最近、Adaloというノーコード開発ツールに出会い、これでアプリを作ってみています。ノーコードというだけあって、本当に一切コードは必要なく、直感的にアプリを作っていけます。データベースの設計はちょっと考える必要があります。あとはUIの遷移がどうあるべきかというユーザビリティが考えられればOK。Webアプリはそのまま作れて、AndroidやiOS向けのアプリも作れるみたいです。(ここまではまだやってない)
これまで長年やってきたプロダクトマネージャーという仕事の知識を活かして、いろいろ作ってみようと思います。
無料で始められますが、保存できるレコード数が50行までとかなり制限があるのと、WebアプリではなくAndroidやiOSのネイティブアプリでリリースをしたいと思うと課金が必要です。いうても年間約5万円からです。趣味でやる分にはまぁこんなもんかって感じ。
もうちょっといじくってまた感想を書こうと思います〜。
裁判を傍聴してみた
先月のある日に東京地裁まで裁判を傍聴しにいってみた。
平日しか開廷していないのでなかなかいけなかったけど、9月はちょうど前職の退職前の有給消化中だったものでここしかない機会と思い一念発起。
裁判所の建物内には9時から入れるというので張り切って行く。
入り口では空港にやるような持ち物検査があり、それを抜けると「開廷表」というものがあって、どこの部屋で何時からどんな内容が執り行われるのかが記載されている。
いくつかのウェブ記事を参照する限りでは刑事事件がおすすめということだった。そのうち、「新件」、「審理」、「判決」という3種類があるようなので、せっかくなので全部体験してみることにした。
「新件」は30分程度で終わった。いわゆる「第1回公判」というもので、冒頭に被告人がどんなことをしたのかが読み上げられ、その後の議論を進めるにあたっての論点整理や必要資料の認識合わせで、「審理」の日程をいつにしましょうという事前打ち合わせのような内容だった。
「判決」は判決とその理由が言い渡されるだけの場で10分程度で終了。どんなことをしたのかとなぜその判決にいたったのかだけがわかるので「へ〜」という感じだが、結論しかわからないので、ずっと聞いてきた審理が最終的にどうなるのか気になるという時にいくのが良いと思う。
一番見応えがあったのが「審理」。「新件」で片付かなかった場合に継続的に行われるものらしく、その分被告人が何をしたのかの説明は省かれるものの、そこは弁護人、検事とのやりとりの中で理解できた。争点も明確にして主張をしてくれるので、内容に追いつくことは難しくないと感じた。
この日見たのは20代後半の人が被告の「詐欺」の事案で、人格や家庭背景を立証するために母親も出てきて子供の頃の話をされていた。被告人は本当にぱっと見、普通の人なのに、それがどうしてそういった犯罪行為に及んでしまうのかといった過程も知ることができた。
おかげさまで犯罪とは無縁の暮らしをこれまで送ってこれているけども、今回裁判を傍聴したことで、聞いていた自分自身の人生としてどういうところに気を付けるべきかや、自分の子供にはどういう暮らしをさせてあげるべきなんだ、とかいくつか考えるきっかけになったので、社会見学のつもりで一度くらいいってみても面白いと思った。
ちなみに張り切って9時に行ったが、概ね開廷は10時くらいで、それまであまりに暇すぎていったん出てカフェでお茶をした…。そんなに早くいく意味はあまりないです。
自分の「棚卸し」は大切
実はこのたび、新卒から15年半ほど勤めてきた会社を退職することにしました。
理由は、プロダクトマネージャーという仕事をもっと極めていきたいからです。
私自身、何か新しいものを世の中に送り出すこと、そしてそれを使っている方が喜んでいる姿、満足している姿を見るととても充実感を感じます。
様々な利害関係者との細かい調整など、面倒と思うこともたくさんありますが、やっぱりエンジニアと一緒にあーでもないこーでもないと、お客さんに思いを馳せながら、世の中に対するアウトプットを作って、その価値をビジネスとして問うというプロセスに非常に楽しさを感じます。この道をもっと極めて、暮らしや社会をよくしていく一助になればと思っています。
他方で、自分の経歴を振り返るとここ10年ほどプロダクトマネジメントをやってきて、世の中から一定の評価をいただくような製品・事業を産むこともできたものの、自分の中ではまだまだその成果に納得がいっていません。長年勤めていることもあって、やり方が固定されてきていると感じています。
もともと入社した時はまだベンチャー気質の残る会社で、とにかくやってみるというマインドで物事をガンガン進めており日々学びが大きく、柔軟に考えることができて充実していましたが、それも昔の話で、近年ではコンプライアンスはもちろんのこと、市場も大きくなって、会社も大きくなって、様々な物事が前に進みにくくなりました。何をやるにも利害関係者が増えたからですね。
もっとお客さんや製品との向き合い方にバリエーションを持ちたいし、様々な手法を素早く学んでいきたいと思い、それができそうなフィールド、かつ自分が共感を持てる社会課題に取り組んでいる会社に転職をすることにしました。
…と転職についての話がこの記事の趣旨ではなく、自分の「棚卸し」の話です。
転職自体はこれからで、今はちょうど現職を引き継いでいる段階です。引き継ぎの合間に半休や有給をいただいたりなどしています。
ここ数年は本当に休みなく、1日の中に休憩時間を作れるような暇もなく馬車馬のように働いてきました。
しかしこうして引き継ぎ作業を進めていると、必然的にこれまでの自分の学びを棚卸しすることができて、自分の知見を振り返ることができます。また、おやすみなどではゆっくり自分のこの先を考える時間を作ることもできています。結構こういった時間は大切だと感じました。こうしてブログを書く時間をゆっくり取れるのも、自分の頭の整理ができていいですね。
おそらくこのまま馬車馬のように働き続けていたら、自分の学んできたことがどのようなものかを考えて言語化するということはなかったと思います。実際に手を動かして言語化して残すことで、あらためて自分の理解が促進されました。
また、おやすみをゆっくり取ることで、趣味に没頭する時間の大切さや、人生の楽しみ方をあらためて考えるようになりました。
これまでは仕事でとにかく成果を出していこうと生き急いでいたところがありましたが、37歳ともなるとさすがに仕事ばかりが人生ではないと感じますし、趣味の時間を充実させることで、これからの時間の使い方を考えさせられました。こういう時間って自分の人生を豊かにするために大切なことだな、、と。
15年半仕事をしてきた中で、営業からプロダクトマネージャーに移ったり、プロダクトマネージャーでも担当する製品が変わったり、、ということはありました。しかし、その合間合間には、こうやってゆっくり振り返る時間が取れなかったのが実態でした。今回転職をすると決めて、初めてのことです。
転職をしなければここまで振り返らないというのも違うかもしれませんが、やっぱり日々忙しくしているとなかなか自分を棚卸しするということはしませんよね。
次の職場は10/1からで、始めてみてどのようなところかの実態は不明ですが、それまでのこの貴重な人生の時間を大切に過ごしたいと思います。
週末に仕事をしてはダメな理由→人に嫌われるから
コロナの世界、フルリモートワークになってからというもの仕事の仕方がガラッと変わったという人も多いのではないでしょうか。
私の勤める会社はもともとリモート環境があり、入社した15年半ほど前でも、家からでも会社にVPNでアクセスして仕事ができました。そして数年前から、家庭の都合などに応じて在宅ワークもよしとするなど、多様な働き方にもともと寛容だったので、環境としてはもともとだいぶ進んでいた方だと思います。
それでも、コロナ後のフルリモートワークは大きく変わりました。
誰も出社しないため、ちょっとした会話ができないので、用事がなければ全然しゃべらないし、用事があると逆にいちいち会議です。
会議そのものの数は大して増えていませんが、リモートで会議をこなすにあたっては対面で実施するよりも資料のわかりやすさやしゃべりによる伝え方などが重要になり、それ故に準備に以前より時間がかかるようになったと感じます。
それまでジェスチャーで伝わっていたことや、阿吽で伝わっていたことが伝わらなくなり、また、みんなの表情が見えないので、伝わったのか伝わっていないのか読み取れず、実は伝わっていなかったので会議のあとにさらにフォローアップを行う、、などということも増えたように思います。
通勤時間がなくなったので、その点ではプライベートなことも含めて1日にやれることは増えたように思います。一方で、こと業務時間内の仕事効率というと、必ずしも生産性があがったばかりではないように思います。
リモートワークという選択肢を手に入れた今、没頭して行う作業系の仕事にはとても良いですが、他人とコミュニケーションをとりながら進めるようなプロジェクト系の仕事は工夫をしないとむしろ効率を落としそうです。
「リモートワークで業務効率をあげる」といった論調のWeb記事などを見ることもありますが、私は実感として、効率があがるかどうかは「業務による」と思いますね。
私は誰かとプロジェクトを進めることが多いので、やっぱり対面でみんなとワイワイコミュニケーションをとりながらやりたいです。単純に業務連絡をしあう以上のコミュニケーションが取れますし、チームで進めるにあたってのチームワーク作りもできますからね。
さて、そのように様変わりした仕事模様ですが、平日の会議の効率がイマイチだったり、その後のフォローアップが必要だったり、会議の準備などに時間をかけるようになった結果、つい自分が行う作業系の仕事、例えばメールの返事や、製品仕様を策定するための資料作成などを週末に持ち越してしまいそうになります。
若い頃は、何時間でも働いて、一番に成果をあげて、頑張っているところをみんなにもアピールして認めてもらいたい、、なんていう働き方をしていましたが、それも15年前とかの話。今の時代、残業したり、週末に仕事してはダメだと思います。
これは一般的に言われる「生産性が低い」とか、「残業をしすぎると体調を崩す」とか、「所定の時間を超えると罰金を受ける」とか、そういう話ではなくてですね、「残業したり、週末に仕事をすると、人から嫌われる」という点から私はそう思っています。
「週末に仕事すると嫌われるの?いやいや、どれだけ滅私奉公して働いたかで評価される部分もあるじゃない」なんていう声がちょっと聞こえてきそうです。笑
私も先に書いたとおり、そういう考え方をしている頃もありました。
ですけど、ちょっと考えてみてください。私も考えました。週末にやっている仕事ってどんな仕事でしょう…と。
週末に仕事をする場合(あるいは夜の残業も一緒ですが)、誰かとその場で連絡は取れないから、その場でコミュニケーションをとって進める系の仕事ではないでしょう。おおよそ、資料を作成したり、承認をしたり、返しきれなかったメールを返したり、、とかではないですかね。
やり切ったときの気分としては「できなかった資料作成を終えることができた、あーよかった、すっきり」、「遅くなっちゃったけどメール返せたわ、やっとゆっくりできる」って感じですかね。
でも、このときやった仕事、その次ってどうなるんでしょう。
資料って普通は誰かに見せるためのものですし、メールは誰かからの報連相を受けて返すものですよね。要するに自分だけで完結しないものです。自分の仕事が終わったら、次に動く人がいるものです。
確かに週末に稼働しているのは自分だけですが、作った資料が週末に誰かに共有されたり、何か大事なことが書かれたメールが週末に流れたとき、月曜日の朝にそれらの資料やメールを読んだ人はどんな気持ちになるでしょう。ここに気を使えるかどうかかと思います。
私自身、金曜日までに予定の仕事をすっかり終わらせて、翌週以降の計画を立てて終えているのに、月曜に仕事を始めたところで朝に上司から大きな仕事のメールが入っていると、結構憤ります。いきなり計画を狂わされた、私にも私のペースがあるんだよ、お前のペースどうなってんだよ、と。笑
そんなことは想定して仕事の計画を立てろよって見方もあるんですが、どっちかっていうと仕事を週末にやっている人の方が反則という世の中であってほしい。なお、私はこういうことをする上司や同僚が結構嫌いです。笑
自分は週末の時間すらも削って頑張っているつもりなのに、評価されるどころか周囲から嫌われる、、なんて状況は最悪ですよね。ゆっくりと時間をかけて、仕事がうまくいかなくなるかもしれません。
週末に仕事をする時間があるなら、上司や人事などに、それくらい仕事をしないといけない状況だということを伝えて、改善しないようならそんな会社は心身を崩す前にさっさとやめましょう。笑
会社員といえど、プロですから。どのような状況でも自分の仕事をきっちりこなすという考え方は正しいかと思います。ですが、それに加えて周囲への気が使えてこそより一流なのではないかと感じるところです。それが結果的に、良くも悪くも自分に返ってくるんだろうと思います。
9/1 防災の日
9/1は防災の日ということで、年に一度の防災バッグのメンテナンスです。
主に非常食や水の消費期限の確認と、入れ替えをします。あと、バッグがカビてないかとか。笑
毎年9月には行っているので、消費期限が1年残っていればOK、そうでなければ美味しくいただきます。
今年はカンパンの期限が切れていたので入れ替えることにしました。
カンパンってボソボソしてて、口の中の水分がもっていかれますよね。そのまま食べるのも良いですが、クックパッドなんかをみているとカンパンを使ったレシピもあるみたいなので、料理ができる方はそういった食べ方も良いかもしれないですね。
非常バッグというと、どこかに避難する際のことを考えがちです。
ですが、コロナの流行り始めで街からマスクが消えた時には、非常バッグに入っていたマスクで数日過ごせましたし、水やライト、バッテリーも入っているので、万が一断水や停電などになっても安心なので、必ずしも避難時のものばかりではないです。家に置いてあるだけでちょっと安心ですよ。
そうは言っても、もちろん毎年こうしてメンテナンスだけで済んでくれることを願いますけどねー。

流行りに踊らされないよう…(カスタマーサクセス編)
実は私は「カスタマーサクセス」という言葉があまり好きではないです。
顧客の成功に向けて積極的に関与していこうという考え方は好きです。
ですが、この言葉が出てきた時から、これってただのバズワードであって、これまでの商売と何が違うのだろうか、、と、ずーっとしっくりこないままでいます。
もう少し書くと、「買ってもらう」、「使ってもらう」、「良い体験をしてもらう」、「その人に関心を持ってさらにもてなす」、結果、「またきてもらう」というのは商売の基本であって、どのあたりが新しいことなのかというところです。
例えば、私には高校生の頃からかれこれ20年来お世話になっているお蕎麦屋さんがあります。週末の部活のお昼休憩なんかでよくみんなで行っていました。
手打ちの蕎麦に、天ぷらなんかつけるととても美味しい。私の一押しは小海老のてんぷらとざるそばのセット。私は特段グルメな方ではないですが、それでも美味しい方だと思います。
運動部の学生には「午後も頑張ってね」なんて言いながらドリンクをくれたような思い出もたくさんあります。蕎麦も大盛りにしてくれたり。食べ盛り、運動盛りの高校生には本当に嬉しいおもてなしです。
こういうお蕎麦屋さんですから、私も後輩をつれていって紹介をすることもあれば、私自身もただ蕎麦を食べるだけでなくて、何か新しいメニューを試してみたりもしました。
大人になった今、私は学生を教える立場として運動部に関わっていますが、いまだにそのお蕎麦屋さんには行きます。以前、結婚すると言ったら、結婚式の日に電報までいただいてしまいました。後日、当然ですが妻を連れてまたお蕎麦をいただきました。
私がそのお蕎麦屋さんのご主人やおかみさんと特別に仲がよかったのでしょうか?そうは思いません、なぜなら運動部の他の学校の子にも同じように接していたし、名前もしっかり覚えていました。
ご主人やおかみさんの性格でしょうか?それはそうかもしれません。積極的にお客さんのことを知って、応援をしたい性格だったのかもしれませんね。結果、私は20年にわたって週末になるとここでお蕎麦をいただいているんです。
皆さんにはこういった体験ありませんか?
これってカスタマーサクセスと何が違うんでしょうか?
やっていることって似ていませんか?
違いがあるとしたら、「顧客との継続的な関係」が「目的」か「手段」か、というところかもしれませんね。
一般的に企業がカスタマーサクセスを行う場合、「ヘルススコア」などを計測しながら関係性の維持に努めます。それは継続的な収益のためです。「顧客の成功」と言いつつも、それは手段であって、目的が収益に向くような活用の仕方をしているところが多いように感じます。
一方で、私が通っているお蕎麦屋さんのご主人は、「継続的な収益」は結果であって、目的にしているのは「私との関係性の維持」つまり、「顧客の成功」のように思います。単純に暖かさの違いかもしれませんね。ご主人は私に対して「また来て欲しいな〜、来てくれたら嬉しいな〜」くらいにしか思っていないと思います。
このように、お蕎麦屋さんと一般企業では、このプロセスを行う「目的」は違うかもしれません。
しかし、「買ってもらう」、「使ってもらう」、「良い体験をしてもらう」、「その人に関心を持ってさらにもてなす」、結果、「またきてもらう」といった一連のプロセスは、商売の基本として、あまり変わらないものだと思いませんか?
企業はカスタマーサクセスを実行するためにあらゆるデジタルツールを使います。でもそれは使うことは手段ですから、実際に行っているプロセスについてどう思いますか?
今回の「カスタマーサクセス」のような流行りの用語や考え方が次々に出てくるかもしれませんが、私は「お客様に満足してもらえる製品・サービスを生み出して」、「使ってもらって良い体験をしてもらって」、「お客さんに喜んでもらえる+αの価値を提供して」、「いつも来てくれる、使ってくれる、また使ってくれる、もっと使ってくれる」というのは商売の基本であって、当然のことであるように思うのです。
もし、この考え方が「ちょっと違うよ」という方がいらっしゃれば、是非違いを教えていただきたいと思います。私はこのあたりで思考停止しています。
あるいは、この違いがはっきりわからない中で、最近流行っているから、、最近会社でも取り入れようとしているから、、という理由で「カスタマーサクセスやってみるか」というのはやめたほうが良いかもしれませんね。
会社で「カスタマーサクセスだ」と言っている社員を見ると、「今までやってきたこととは何が本質的に違うの?今までだってお客さんの成功を願ってやってきたじゃない」っていつも思っています。
言い換えると、企業が提供しているサービスや商品は千差万別なわけで、決して教科書通りにやらずに、「顧客の成功」に向けて自分たちは何の価値を提供するために、何をすべきか、今までのやり方だと何が足りなくて、何をするべきなのかという視点で見つめ直すのが良いように思います。
バズワードに踊らされないようにしましょうね、特に経営者や部長クラスの、社内に影響を与える人たちこそ。